江戸の火消につながる町鳶としての誇り

【町鳶の心意気4】小泉工業 4 <4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


江戸消防記念会の第九区六番組に
所属する小泉工業。
同会は、江戸時代の町火消しに由来する
町鳶の団体で、地域の伝統行事を担う。


「お祭りでは、
神奈川県の氷川神社のご神体を移設して、
地元の中野沼袋氷川神社に、
神様をお迎えするお仮小屋を設営します。
お神輿(みこし)の組み立て・解体・移動も
私らの仕事です」と、専務の小島さんは説明する。

「氏子の各玄関や軒先に提灯をぶら下げます。
注連縄(しめなわ)にしても、
パパッとしばって終わりでなく、
キュキュっと心を込めてしばっていく。
暮れになれば、門松など正月のお飾りも手がけます」。


江戸消防記念会の成り立ちを聞けば、
話が300年さかのぼる。
「江戸時代、幕府や大名の屋敷専属の火消はいましたが、
庶民の家からの大火が収まらない。
そこで、大岡越前守忠相が、各町会の鳶職を組織して、
『いろは四十八組』の町火消をつくったんです。
当時は、建物を破壊する消火法だったので
、鳶職がうってつけだったんでしょう。
火の中に飛び込む気概を持つ者も多かったそうですし」。

この町火消の組織を、
昭和14年に再編成して発足したのが
江戸消防記念会である。小泉工業もこの年に加盟した。

継承される半纏(はんてん)は、町鳶としての誇りである。
「冠婚葬祭に着て行ける日本人の紋付袴、
今の黒スーツと同じ。私たちの業界では正装です」。
K邸の上棟式に、
半纏姿で挨拶された小島さんの姿を思い出す。


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<K邸宅の上棟式で、半纏姿の小島さん。
集まった子どもたちにジュースを配る>


どんな会社にしたいかと最後に尋ねる。
「現状維持というのも一つなんですけど、
それは『後退』と同じ。
若い子が集まれる、活気がある元気な会社にしたい。
それには、つらい・汚い・危険の3Kを、
いかに少なくしていくかですね」。


(文責/ライター上田隆)

by 河合工務店町鳶の心意気2021.07.23

ベトナム技能実習生の意欲が素晴らしい

【町鳶の心意気3】小泉工業 3 <4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


小泉工業は、12人態勢。
鳶職の会社としては、大きい方だ。
それでも「人材の確保には、とても苦労しています」と、
専務の小島さん。
「10年ほど前からも、3K(きつい、汚い、危険)と
言われてきた業界。
若い子が、なかなか来てくれません」。

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<建築現場>


そこで、ベトナムの技能実習生を2人、
受け入れることにした。期間は3年間。
「とてもよく働いてくれます!
母国で多少の実習期間を経て、日本に来てますが、
実際の現場では正直通用しません(笑)。
できないんだけど、自分から『何かしよう』という
強い気持ちが伝わってくることに、
いつも感心しています」。

「言葉の壁」はあるが、仕事には支障ないという。
「『この部材を袋に入れる』
『これをあそこに持っていく』と
いう指示を、身振り手振りで伝えます。
理解すると、同じことをずっと実直にやってますよ。
『休んでいい』の言葉が分からないので、
ひたすら作業してる。それぐらい一生懸命」。

賃金は、日本人の同じ年代と同等。
「ただ、ベトナム本国の中間機構が定めた規定では、
現場で作業した時間給にしてくれと。
でも、それだと実働5、6時間にしかならない。
うちの場合、事務所に来た時点で始めて、
そこに帰っておしまいとし、
平均7,5時間ぐらいになるようにしてます」。


稔社長が、「本音で言えば、日本人の若い子に
来てほしいのでは?」と質問。
「理想と現実は違います。
日本人がどんどん来てくれるならいいですが、
それはもう無理です。
だったら、ベトナム人の実習生に来てもらうことは
本当にありがたい。
彼らが仕事を覚えて、母国に帰ったとき、
『日本で、小泉工業のキヨってのがいてよぉ、
こう教えてもらったよ』なんて言ってくれれば、
すごく嬉しいですし」。

(文責/ライター上田隆)

by 河合工務店町鳶の心意気2021.07.20

事故・ケガは「お客様にご迷惑」と、常に自戒

【町鳶の心意気2】小泉工業 2 <4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


鳶さんの仕事は、危険がいっぱいだ。
だから、現場でのかけ声は、自然大きく荒っぽくなる。
「おい、あぶねぇぞ!」
「ストップ! ストップ!」「ダメだよ!」と。

怒鳴られている、という感じはしないのか?
「それはないですね。
私なんか、昔から職人さん見てますから。
素直に、『危ないことやっちゃった』と反省します」と、
専務の小島さん。

最近の若い人であっても、委縮することはないという。
「この業界に入ってくる子は、おじいさんが大工とか
お父さんが建築屋とかなんで。体育系も多いですし。
『叱られてる』と落ち込んでる子は、もたなでしょう」。

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<江戸時代から続く町鳶の伝統を
引き継ぐ小泉工業>


当然、足場など高所の作業は、一番危険だ。
しかし、かえって気を引き締める。
「実際には、基礎工事といった低いところ、
高さ1mから1m20pで、よく事故が起こるんです。
脚立から足を踏み外して転落し、
打ちどころが悪かったという事例がたくさんある。
下に鉄筋でも出ていれば、死亡事故にもつながります」。

仕事で一番気を使うことは、
お客様に喜んでもらえること、納得してもらえること。
「なにより事故・ケガを出さないことです。
そうなると、部材などが建物に当たって
キズをつけてしまう、工期が遅れる、
お住まいになるところなので縁起も悪い。
さまざまなことで、お客様にご迷惑をおかけしてしまう。
工事現場はもちろん、通勤途中の交通事故もそう、
『表に出たら、すべて危険』だと、
自分も含め、社員に言い聞かせてます」。

(文責/ライター上田隆)
by 河合工務店町鳶の心意気2021.07.16

隣の親方に声かけられ、町鳶の道に

【町鳶の心意気1】小泉工業 1 <4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


町鳶(まちとび)――
地域に密着した鳶さんを指し、
江戸時代に活躍した「火消」の伝統にもつらなる。
そんな由緒ある町鳶職の小泉工業は、
河合工務店と30年来のお付き合い。


「主な仕事は、戸建て住宅工事の、
足場の架設、棟上げなど。
地業(地ならし、掘削)、基礎工事も行います。
私ら、『多能工』なんです」と語るのは、
専務の小島清光さん。
病気がちの親方(代表)・小泉修さんに代わって、
今、会社を取り仕切っている。
みんなから「キヨさん」の愛称で
呼ばれるこの人には、職人かたぎの風格が漂う。

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<小泉工業専務の小島清光さん>


親方の小泉家と小島家は、まさに隣近所。
「両家の爺さんと仲良くて、昔は親子電話でした。
うちの電話がチンと鳴ると、向こうもチンと鳴る」。

子ども時代のキヨさんも、ここらを走り回っていた。
「昔、爺さんは八百屋。親は、乾物屋で、
駄菓子なんかも売ってました。
私がガキの頃は、小学校から帰って遊びに行く前に、
店の自動販売機にジュースを入れたり、
もう家業を手伝ってました」。

高校の頃から、いろんなバイトを経験。
ペンキ屋、百貨店の改装、ガードマン、
青梅街道を通る車両のカウント…などなど。


「21、2歳の頃か、親方から、
『おいキヨ、お前、うちのバイトに来ないか』と
声掛けられて以来、ずっと30年、この世界にいます。
私が入った当時、50代60代の方が多かったですが、
その先輩方に、よく仕事を教えていただいた。
…親方ですか? 一言で言うと、優しさと厳しさと、
両方持った方なのかな」。


「キヨさんとは、若い頃からの付き合い」と、
同席する稔社長。
「当時、なんにも知らない同士で、現場で会うと、
『お互い頑張ってるね』と、
励まし合ってました」と笑う。


(文責/ライター上田隆)

by 河合工務店町鳶の心意気2021.07.13
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