「音楽」を深くする森の力

【社会活動4-2】
<2回シリーズ>


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「伐採ツアー」の後は、森のコンサートが
1時間ほど開演され、150人の参加者を
魅了した。

音楽グループ「音種(おとたね)」が演奏する
舞台は、なんとツリーハウスのバルコニー。
『ふるさと』『上を向いて歩こう』
『アメージング・グレース』など名曲の
美しい調べが、森の木々に反響し
豊かに広がっていく。

天から差し込む木漏れ日が、自然の照明となって、
神々しく会場を照らす。
歌詞の一つひとつが深い意味を秘めて
胸に染み込んでくる。

文字通りの「森」のコンサートである。
さまざまなジャンルの音楽を
ここで演奏してみてはどうだろうか。


(文責/ライター上田隆)
by 河合工務店社会活動2021.11.30

生きた木が柱のハウス

【社会活動4-1】
<2回シリーズ>

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山道を登ると不意に現れるツリーハウス。
河合工務店が所有する黒羽の山の一角に、
木々を柱にして立つ。
2014年5月24日に行われた第6回
「森と木の伐採ツアー」で初披露され、
参加者たちを驚かせた。

建物は、2013年10月に竣工。
河合工務店が設計し、地元の丸山工務店が施工。
河合稔社長は挨拶の中で、
「敷地内の山の木を手刻みして建てた、
まさに地産地消のもの」と語った。


電気は通らないが、このハウスで宿泊型の
セミナーを開催しても有意義かもしれない。
周辺には温泉施設もあることだし。


(聞き手/ライター上田隆)



by 河合工務店社会活動2021.11.28

丹精込めて家つくって大往来

【初代のこと4-4】
<4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


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〈食通で、粋だった初代。
とっくりの中身は、酒でなく蕎麦湯〉


||インタビュー 孝会長、初代を語る||


子どもの頃から、大工の仕事が嫌だったのは、
いつも家が貧しかったから。

親父は、安請け合いはしない。予算はある。
ただ仕事に惚れ込むと、手間を多くかけてしまう。
1日仕事でも、納得がいかないと2〜3日でもやってる。
どうしても予算の範囲を超える。
お施主さんだって、
無尽蔵にはお金は出してくれない。

また、「お金は出すから、やれ」といった
横柄な施主の仕事はやらなかった。
商売人じゃない。
おふくろはいつもため息をついていた。
年中赤字だから。


一生懸命つくった家だから、親父は
建ってからも「あの家どうなってるか」と気にかけて、
よく訪問してた。
今のつくり手は、つくりっぱなし。
家自体が、たんなる「ハコ」で車と同じ。
買い替えられる商品になっている。
本来、家は日本の伝統文化ではあるはず。
それが、プレハブ文化になってしまった。



親子で飲んだことはあるって?…
親父は、酒を一滴も飲まなかった。
大の羊羹好きで、
自分で四谷の店まで買いに行ってたよ。
甘いものに目がなくてね。
タバコも大好きで、死ぬまで吸ってた。
吸い出すと、すぐに灰皿が山盛りになる。
でも、不思議と肺がんにもならず、
健康に96歳まで生きたよ。
おふくろも、横で煙をたくさん吸ったはずだが、
やはり同じ96歳で大往来。


(聞き手/ライター上田隆)
by 河合工務店初代のこと2021.11.23

初代の戦争体験の語りが、社会活動のきっかけ

【初代のこと4-3】
<4回シリーズ>

こんにちは、河合工務店です。


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〈仕口を削る初代の手。ごつごつした指に、
職人としての風格漂う〉


||インタビュー 孝会長、初代を語る||


「あの戦争さえなければ、道具が焼けなかったのに」。
これが親父の口癖だった。

空襲に備えて土に埋めたが、焼夷弾の火事で
焼けてしまったね。
ノコギリ、カンナは金属だから火に弱い。
砥石をダメにしたのは、ひどくこたえていた。
「あれだけいい道具をつくる職人は、
もういない」と嘆いてたな。


若い頃、親父からそんな話を聞いて、
戦争について、いろいろ考えるようになった。
アジアで、日本で、
膨大な犠牲者が出たことを後で学び、
衝撃を受けた。
それで、戦争や貧困のない社会を
つくりたいと思って。


結婚する前、27、8歳の頃は、社会運動をやっていた。
真面目に働いても報われない人、
貧困から抜け出せない人などを目の当たりにして、
社会の矛盾を感じ始めてね。
東京土建の組合活動にも参加して、
職人の地位向上を目指す運動もやった。
親父は、そのことについては何も言わなかった。
こちらにしても、活動で夜遅くなっても、
朝寝過ごして、仕事に遅れるというちょんぼは
絶対にしなかったしね。


一本立して、オレが社長になってからも、
あれこれと口出しすることはなかったなぁ。


(聞き手/ライター上田隆)

by 河合工務店初代のこと2021.11.19

砥石に込められた職人魂

【初代のこと4-2】
<4回シリーズ>


こんにちは、河合工務店です。

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〈刃の研ぎ具合いを見る初代〉


||インタビュー 孝会長、初代を語る||


「今の職人さんは、腕が悪くなった」
と言うのは、目が肥えている人。
そんな人さえ少なくなったかな。

昔は、家に手間暇かけた。
建て主さんも、職人も、つくった家は誇りだった。
でも、今じゃぁ工場で
加工したものを組み立てるだけ。
電気ドリルや、電気カンナでぱぱっとやる。
大工が腕を発揮するところがない。
しょうがないから、速さで競うしかない。
自然と、職人の手も荒くなる。


親父に一番言われたのは、
「道具は職人の命」ってこと。
とくに砥石は大切にしたね。
昔の砥石は「合わせ砥(ど)」と呼んでいた。
桟にはめた戸がすーっと滑るように、
砥石で研いだカンナの刃で木を削り微調整するから。
研ぎ方が悪いと、当然うまく仕上がらない。

冬、現場で砥石を濡らしたら、
そのままにして帰ると凍ってしまうので、
水を切ってボロ布でくるんだもの。

砥石は、とにかく高かった。
山から採掘する天然石でないとだめで、
半年から1年働いてお金を貯めないと買えない。
今のは人造砥石だから、精度が落ちる。
いや、近頃の大工は、刃を研ぎもしない。
「替え刃」といって、
切れなくなったら取り換えるだけ。


親父は、道具の扱いを見れば、
「この職人は大したことないな」と、
その腕を判断できた。
だから、そこらへんに道具を転がそうものなら、
殴られたね。


(聞き手/ライター上田隆)
by 河合工務店初代のこと2021.11.16
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